閑谷学校
先月の中山道ウオーキング、ギリシャ旅行、今月初めの中山道ウオーキング、お葬式の参列と忙しい日が続いていた。久しぶりの休日が取れ、妻が閑谷学校の赤と黄色に紅葉した楷の木を見ようと計画。孫達もTDLへ行っているのでこの日は来ないから出かけようという。JRから「秋の関西1デイパス」が発売されていてこれを利用する。この切符、北は敦賀、南は和歌山、東は米原・柘植、西は上郡までが2900円で1日間乗り放題である。三宮でこの切符を購入し上郡まで行き、追加分を支払って吉永駅で下車する。そこから閑谷学校まではやく4kmである。私は歩くのが好きなので歩こうと言うが、妻は「少し登り坂が続くので歩くのがいやだ」という。やむを得ず、タクシーを利用して入口付近の駐車場まで行く。楷の木を一目見ようと大勢の観光客が押し寄せていた。観光バスもたくさん来ていた。
早速入場券を購入。シニヤ割引だと300円が120円になる。テープレコーダの貸し出し(無料)もあり、非常に親切だった。私は無料のボランティアガイドさんをお願いした。案内をしてくれたのは近くの閑谷高校の女子学生さんだった。閑谷学校は寛文10年(1670)備前藩主池田光政が創設した庶民教育の殿堂である。講堂は元禄14年(1701年)備前藩主池田綱政(光政の子)が完成したもので、備前焼の瓦が美しい。
最初に楷の木の間を通って聖廟に案内される。練塀の中に孔子像を祀る大成殿の他、中庭、文庫、厨屋などの建物と繋性石がある。孔子像は開帳されておらず、見ることができなかった。聖廟の前には中国の孔子林の種を育てた一対の楷の木が有り左側の木は赤色に染まり、右側の木は黄色に染まっていて美しかった。右側の建物の中に孔子像があるそうだ。
その後、国宝の講堂に案内される。入母屋造り、錣葺きの大屋根をのせている。一旦こけら葺きの屋根を作ったうえに垂木ごとに漆をかけ一枚板をはり、その上に備前焼瓦を乗せる手の込んだ造りで、軒先の陶管などを含め雨水に万全の対策をとっている。
火灯窓(花頭窓・国宝)からの灯りを反射して外の紅葉が映えて赤く染まって見える。床も漆が塗られているそうだ。現在も高校の授業の時には靴下を2枚重ねではいて授業を受けるとの説明があった。講堂では四書五経などの講義が行われていた。正面の壁に「定」(国宝)と「朱文公学規」が掲げられていた。その他に「克明徳」の額もあった。
講堂のとなりには、小斎と言われる小さくて質素な建物がある。この建物は、藩主が臨学の際のおなりの間である。屋根も瓦葺きでなく部屋の大きさも6畳敷か8畳敷ぐらいに見えた。習芸斎、飲室などで説明を聞いた。
石塀は頂上が丸く加工されている長さは765mに及び、「切り込み継ぎ」と呼ばれる精巧な物で他に例が無く独特の景観を演出している。城の城郭と間違われないようにあえて丸くしたらしい。その他にも文庫などがあり、火災時の類焼を防止するため火除山という樹木の茂らない丘がある。人工で築かれたもので、西にある学舎や学寮などに類焼しない配慮がされている。(写真の左側は石塀、右は火除山)これらを説明を聞きながら見学した。話を聞くほどに当時の様子を思い浮かべ興味が湧いてきた。この学生さんによると1年生と2年生の時に、この講堂で論語の勉強を今でもしていると話してくれた。今から339年前と同じ光景が今でも行われていることに感動した。学生さん有り難うございました。
見学を終え、資料館に向かう。資料館には当時の写真や書物、肖像がなどが展示されていて一層理解を深めることができた。庭の木々も緑、黄色、赤と紅葉しており、空の青とのコントラストが美しく満足して帰宅のとにつく。駐車場でタクシーを呼んだが、国道は大渋滞で到着までに時間がかかるというので、妻と約4kmの下り道をウオーキングして吉永駅に向かった。里山の景色と紅葉した山々は美しく、妻も、きれい
きれい
の連発でさぞ満足したことだろう。![]()









































































