22房総半島の旅

2008年4月 5日 (土)

袋田の滝

9ocuvmwi_s  偕楽園を後にして、袋田の滝を訪れる。日本三名瀑と言われる、和歌山県の那智の滝、栃木県の華厳の滝、栃木県の袋田の滝が有り、那智の滝、華厳の滝は既に何度か行った。袋田の滝は、高さ120m・幅73mの大きさで、大岸壁を四段に流れることから、別名「四度の滝」とも呼ばれ、その昔、西行法師が訪れた際、「四季に一度ずつ来てみなければ本当の良さはわからない」と絶賛したことからとも言われている。袋田の滝はトンネルの入口で入場料を払い、トンネルの中を進む。やがて滝の前で視界がひろがり、大きな滝が現れる。冬は凍結することがあり、ロッククライマーのターゲットになっている。高さといい、巾といい、申し分のない滝であり感動した。
Bp8vqru7_s  このあたりでは、既に鯉のぼりが上がっていた。ガイドの説明によると、不要になった鯉のぼりを集めて、集落毎に飾る風習があるらしい。車窓からもたくさんの鯉のぼりを見かけた。

2008年4月 4日 (金)

水戸偕楽園

5cr4hvwl_s  水郷の観光を終え、偕楽園に向かう。日本三名園の内、金沢の兼六園、岡山市の後楽園は何度も訪ねたことはあったが、水戸との偕楽園は行ったことがなかった。三名園の選定理由として、いわゆる雪月花の雪に兼六園、月に後楽園、花に偕楽園を対応させたものであろうとする説がある。冬の兼六園、秋の後楽園は美しい。偕楽園は春が見どころだと思った。三春ともいわれ、梅花・桃花・桜花が同時に咲くことで有名だ。梅は満開で、桜は日だまりでちらほら咲いていた。桃は見かけなかったがどこかで咲いているのだろうと思った。梅娘とも出会い、気持ちよく、好文亭を訪ねる。
Jvdtmthn_s  徳川斉昭公により、偕楽園内に休憩所として建てられたもので、素剛優雅な外観は水戸武士の風格がただよう建築であった。この名は梅の異名「好文木」に由来し、その三階の楽寿楼からの眺望は見事だった。襖絵も春夏秋冬の四季を表したものが入っていた。
Bleehc0o_s  梅林ではヒヨドリが餌の昆虫をついばんでいた。
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帰りに千波瑚の近くにある川の橋上で、珍しい黒鳥の姿を見つけたので写真を撮った。黒鳥はつがいで、一仕事が済んだ後なのだろうか、首はよれよれで余り美しい姿ではなかったが、目を細くして、大きな口を開け笑っているように見えた。

2008年4月 3日 (木)

潮来水郷

Htuaky3s_s  潮来菖蒲園の近くにあるホテルに宿泊していたので、朝の出発は割と遅い。少し曇っていたが、町の中を散策する。あやめ園は今の季節、まだ緑も出ていない。6月頃になると花が咲き綺麗だろうと想像する。ホテルへ水郷巡りの船頭さんが迎えに来て船着き場に行く。
3l3wnqmk_s  船着き場で乗船し、北利根川(常陸利根川)を渡って閘門に入る。ここから潮来十二橋めぐりに出発。前川にかかった12の橋を、絣のもんぺ姿の女船頭さんの操るサッパ舟で巡る。景色は花もなく、緑もなく余り感動しなかった。船頭さんは72才の女性だったが、「潮来花嫁さん」をかすれた声で歌ってくれた。
 ご本人はこの仕事は、自分の健康のためにしている。船は自前の物で保険など掛けると200万円くらいかかっていて、一人ひとりが事業者なので、もうけは組合加入者で分配すると言っていた。しかし近年若者の後継者が少なく、それが悩みらしい。私達もボランティアで乗船したのだろうか。sign02
 船頭さんの話によると、「この地方は、周囲を水に囲まれた水郷地帯であったことから、この地域一体には水路(江間)が縦横に張りめぐらされ、嫁入りする際に花嫁や嫁入り道具を運搬するときにもサッパ舟が使われており、昭和30年前半ごろまでは日常的に行われていた。今は道路が完備して、観光以外に水郷は使われていない。」との説明があった。

花摘みと誕生寺

Nttj8qa9_s 館山のホテルを出て、国道410号線を北へ走る。南房総の千倉の町にある「フローラル千倉」というお花畑で花摘みを体験する。このあたりでは通年花摘み体験ができるので、休日になると家族づれで賑わっているそうだ。道路の両側は露地栽培の花畑が多い。露地栽培の花は花摘み体験用で、市場に出荷する花はビニール栽培が多いそうである。露地物は背丈が低いが丈夫なので、摘んだ後2〜3日の間に水切りをすれば十分に花を咲かせることができるとのことだった。
 今回の体験は、ポピー、ストック、金魚草、キンセンカ、矢車草、ラベンダー、ベニシウム、ナデシコ、ブルビネラ等を摘むことだ。ポピーはつぼみを摘まないと家に帰る頃には満開になり、散ってしまうのでくれぐれも蕾みを摘むようにとの注意があった。妻は、「この花は香りも良く、ドライフラワーにもできるからいいよ」と言ってラベンダーを摘んで持ち帰ることにした。

Qx4tpowd_s 花摘みを終えて国道128号線を北上する。2車線の狭い道だがロードサイクルをしている人達のグループがいくつかあって、追い越しも、できずについていく。時速40km〜50km位で走っていた。少し広い道で追い越して更に北へ進む。いくつかのトンネルを抜けて粟小湊を過ぎると、ガイドが「まもなくホテル三日月が右手に見えます。このホテルは黄金の風呂が盗まれたホテルでございまーす。今は復旧されてガラス張りの部屋に保管されていまーす。」と説明があった。そう言えばいつか、黄金の風呂が盗まれたのを思い出した。やがて小湊の町に着き、誕生寺を観光する。(写真は誕生寺の仁王門である)
V5hfmlry_s 誕生寺は日蓮宗の大本山として全国信徒の参拝の地となっている。説明によると、日蓮聖人は、貞応元年(1222)、小湊片海の地に降誕した。その時、庭先から泉が湧き出し産湯に使った「誕生水」、時ならぬ時に浜辺に青蓮華が咲いた「蓮華ケ渕」、海面に大小の鯛の群れが集まった「妙の浦」という不思議な「三奇端」が伝えられている。
 聖人は幼名を善日麿といい12歳までこの地で暮らし、文永元年(1264)聖人は母梅菊の病を祈願し蘇生させる。延命した母梅菊はそれを記念し、「菩薩荘厳堂」を創建。 その後直弟子日家上人が建治2年(1276)、聖人生家跡に一宇を建立し 高光山日蓮誕生寺と称したのが始まりだそうだ。(写真は祖師堂)

Ygn5ki_k_s 祖師堂の鬼瓦はたたみ21畳分もあり、世界一の大きさであるとの説明があった。境内には、善日麿の像などもある。お寺の周辺には土産物店が軒を並べていて呼び込みをしていた。店の人に、「何処か美味しい昼食を食べさせる所はありませんか。」と尋ねると店を紹介してくれたので、その店で昼食にした。出てきた金目鯛の煮付けは美味しく頂いた。
Bsozu00v_s 食事後、誕生寺を出発して犬吠岬に向かう。途中「月の砂漠碑」を見に立ち寄る。砂浜を砂漠に見立てて王子様と王女様が砂漠を旅する姿を像にしていた。
P0rxpdfc_s 更に北上し、一宮インターから、有料の九十九里道路にはいる。しばらく走ると、巻き貝の形をした展望台があり、そこで砂浜の広さを実感した。
Ezs5aui9_s 128号線に戻り、犬吠岬に向けてひた走る。丘の方にはたくさんの風車があり電力を発生しているとの説明があった。風車の数は20台以上あったように思った。
4mqgfjkp_s やがて犬吠埼の灯台に到着。犬吠埼灯台は、気象を提供する船舶気象通報、電波の灯台といわれる無線方位信号所、音の灯台ともいわれる霧信号所等の業務も扱う最大級の灯台である。灯台の近くには大きなアンテナが立っていた。
42yws5hg_s 灯台を見た後、銚子電鉄の犬吠駅に向かう。ここからJR銚子駅まで銚子電鉄に乗って移動する。この電車は、利用者の激減から倒産の憂き目を見たのだが、その後ぬれせんべいやTV等に登場するようになって復活して今は黒字経営になったそうだ。マスコミからの取材・撮影の申し込みもあり有料で受け付けているそうだ。車掌の顔色や声に張りがあり、いかにも元気な会社という印象を受けた。駅では定番のぬれせんべいを購入する。銚子の醤油は野田とともに全国的に有名で、銚子電鉄の「ぬれ煎餅」は、銚子の良質な醤油を使用したタレがよく染み込んだ柔らかいおせんべいだ。味・香りとも抜群だった。
8sdcubq9_s 駅で電車を待っていると近くに大きな鳥が飛んできたので、急いで写真に納める。何枚も撮って確認するとやはり雉だった。都会では見られない風景に感動した。8区間の短い乗車だったが楽しかった。銚子→本調子などの切符が、受験生に人気があってよく売れているそうだ。銚子駅で下車してバスで潮来に向かう。

2008年4月 1日 (火)

マザー牧場から野島崎へ

Vzl0tdph_s  證誠寺を出て、内房総なぎさラインを走り、鹿野山の麓にあるマザー牧場に行く。ここは牧場のテーマーパークで牛、馬、羊などの動物やお花畑などがある。
 ここで昼食にする。春休みの精だろうか、大勢の家族ずれで賑わっていた。菜の花が満開だった。昼食は菜の花定食にする。混んでいるのでなかなか出てこなかったが、提供された食事は、菜の花ご飯、菜の花の天ぷら、菜の花入りのうどん、菜の花のおひたしなど、菜の花ずくしで大変美味しかった。

E_whyv0z_s  食事を済ませて、−30度の氷の館に入り、氷点下の世界を体験する。ぶるぶる震えながら出てきたが、気温が高い外気に触れると爽快な気分になった。
 牧場で絞る牛乳を使ったアイスクリームは大変美味しく頂いた。
 アグロドームでは羊の毛刈りショーも挙行されていた。私達も少し覗いてみた。以前ニュージーランドで見た物と同じであった。出演者も同じように見えたが、日本で公演しているのであろうか。

Vzukbmw4_s  牧場を後にして酒匠の館に立ち寄る。ここは千葉県の小西酒造で「東魁盛」という銘柄を作っているそうだ。きき酒をさせていただき、お土産を買う。隣にある資料館を見学した。
D0r64nfe_s  富津・館山道路を通って館山まで行き、野島崎灯台へ。
 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し、二人の漁師が行方不明となったのがこの岬の沖合40kmではなかったなア。
 ニュースで何回も報道されたので記憶に残っていた。ここの漁協も捜索に参加したと説明があった。灯台には房総半島最南端の地碑も立っていて、近くには大きな黒い石が有り、大きな石の物語などの説明もあった。
 この周辺は公園になっていてサイクリングで大勢の人が来ていた。

V3vpwpva_s  帰りに、「伝説の岩屋」に立ち寄る。1180年伊豆から安房に渡ってきた源頼朝は、精力的に動き野島崎に寄って大岩に野島山の3文字を刻んだ伝説がある。突然の雨に近くの岩屋に身を寄せ雨を凌いだ。この岩屋を「頼朝公の隠れ岩」と称し、深海に住む想像の大蛸の海神を祀った。海神は海面を鎮め豊漁を授け人々に幸福をもたらしたと言われている。この大蛸が洞窟に飾ってあった。
Dplcpuk5_s  野島崎灯台を後にして、来た道を少し引き返して房総フラワーラインを西へ。あっちにも、こっちにも、花畑の花が満開だ。ストックの赤、紫、ピンクの色が美しい。大根の薄紫の花も清楚で良かった。楽しんでいる内に州崎灯台に到着。州崎灯台は東京湾入口の東端を示す標識で大正8年に設置され夜間は赤白閃互光の灯火で表示している。対岸の三浦半島ににある剣崎灯台とともに東京湾に出入りする船舶の目印として重要な役割を果たしている。ここの高台からは条件が良ければ富士山も見えるそうだ。当日は霞のため見えなかった。観光後ホテルへ向かう。

2008年3月31日 (月)

證誠寺の狸塚

Hqqugs62_s  東京アクアラインの海ホタルを出発して、木更津南インターで高速を出て、JR木更津駅近くにある「證誠寺」を訪ねる。
 このお寺は、「證誠寺の狸囃子」で有名な寺で浄土真宗・本願寺派のお寺だ。

Ho7ozyn4_s  寺には狸塚があり、昔は昼でも暗いほどの茂みがあり、和尚が夜中に目を覚ますと庭の方が賑やかなので、節穴から覗くと、月夜でもあり昼間のように明るく、秋のことで萩の花盛りであった。驚いたことに大小の狸が輪になり、證誠寺山のペンペコペン おいらの友達やドンドコドンと腹を打ちながら踊っていた。和尚もつい面白くなり一緒に踊ったが、或る夜狸たちが居なくなってしまったので不思議に思っていたところ、お腹をたたき破った狸が藪の中で死んでいたそうな。 和尚は可哀想に思って、ねんごろに弔ったのが、この狸塚だと言い伝えられている。
 この伝説が野口雨情によって狸囃子の童謡が生まれ、中山晋平の作曲で天下に広まった。
 境内には、狸囃子童謡碑もあった。

2008年3月30日 (日)

海ほたる?

Bo6ikdmh_s  「源氏ホタルや平家ホタルは見たし、ニュージーランドで見た土蛍の美しさには感動した。富山湾で見たホタルイカやハワイでは夜光虫の光るホタルも見た。」今度の旅行には海ほたるがあるので是非見てみたいと言って、妻がすすめるので出かけることに・・・・妻は「昼の日中にホタルが見えるなんて、幸運だわ。」なんちゃって喜んでいた。heartheartheart
 大阪空港から飛行機で羽田へ向かう。羽田から一路、首都高速を通り、川崎から東京アクアラインのトンネルに入る。川崎から約10km走りトンネルを抜けるとそこが海ほたるだ。shockshock

Sjvxquv6_s  大きな駐車場があり、5階建てのビルには駐車場の他に飲食店や土産物店などが並んでいた。トンネルを掘るために使った切削器の刃の部分などが展示してあった。冬の空気の澄み切っているときにはここから富士山なども見えるそうだが、当日、天候は良好だったが、春霞がかかっていてどんよりとしていた。sadsad
L5sgnor5_s  木更津方面へは一直線にアクアラインが伸びていた。
 ここが元代議士の浜田幸一が、話題にするところかと感心して見ていたが、やはり通行量は少なく、赤字路線なんだと妙に感心していた。
 妻は「なあんだ。ここが”海ほたる”?しょうもない。プンプン」と期待はずれに、ご立腹。angryangryangry
 でも、ここに行こうと言ったのは本人なので、私は安心だった。smilesmile土産物屋でストラップを購入して、バスに乗り次の場所へ移動した。